Japonsuki的ブログ

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知の無知

自分なりに簡潔に。
反論、とかじゃないですよ。
●道
「自分の道(信念)」と「人の道(モラル)」は全く異質なモノなので、
同じ「道」として語るとビミョーにズレる気がします。
(※誰かが混同して書いている、という訳ではないです)

●否定
人を否定するのと、行動や思想を否定するのではまたちょっと意味合いが変わってくると思うんだけど、
なんていうのかな、世の中奇麗事だけではホントに回らないのも現実な訳で。
「物理的に叩くのは全て体罰。体罰は絶対にいけない」って思想と似ていて、
「反論は全て否定、否定はよくない」ってやってしまうと、生産的な議論までもが
どんどん封じられそうな気がして、不安もあったりします。愛愛主義、って言うんだっけ?
クラス全員が先生に向かって一斉に「体〜罰!体〜罰!」コールとか、
「帰れコール」や「葬式ごっこ」を連想して、一体どっちが陰湿なんだ?とか思うオレは
もう古い人間と呼ばれてしまうのかなぁ。

●北風と太陽
オレは、どちらかというと北風側に属している、という事を自覚していたり。
理由は「どちらも必要なモノなのに、北風側の人が極端に減ったから」。

社会に出て、会社組織や友人関係には北風が必ずついてまわります。
だって、仕事で事故起こしたり、病気をして無職になったって
同情の言葉は貰えても
誰も食べさしてくれたりはしないもん。

そんな北風の社会に、太陽しか浴びずに出て行ったら風邪をひくのが当たり前な訳で。
風邪ってのは一度かかるから免疫ができるので、小さな風邪を何度もひいて
免疫をつけておかないと、本番(社会)に一発で大風邪をひいてリタイア、と。
こんな人を沢山、それこそつい最近も自社で複数見ております。

太陽の暖かさも絶対に必要だけど、個人的にはそんな考えから北風を吹かせてたりします。
要はバランスの問題なんだろうけど、ここ10年くらいって極端な
「太陽偏向型」の印象を受けるのよね。

多分、「子供の無軌道・親の甘やかし」の問題も全部繋がってるんだろうな、と。

「好きな異性が振り向いてくれないから刺した」その後の報道で
「○○容疑者は反省の色がない供述をしているようです」とかは恐らく、

「親はダダこねれば買ってくれた。今までは思い通りになってきた。
だから思い通りにならないのは自分以外が悪いのだ。
悪いやつを殺して罪悪感などあるものか」

って理論なんじゃないかなぁ、とか。

●北風と太陽=飴とムチ
管理職という立場上、よく「飴とムチ」の話をします。
飴とムチはとにかくバランスが大切で、「ムチで叩いてだけでは皆逃げてしまう」
と、部下には飴もあげているつもりですが、試しに飴しかあげない
でいると
面白いようにダラけて、作業ミスが増えたりするもんで。
多分これが人間ってヤツなんだろうな、と。

●指標
個人的には他人の「自分の道」を真っ向から否定するつもりはないけど、
そもそも「道すらない生き方」には、アドバイスなりしてしまう性質かもなんで、
「やめなよ、節介は(by竜)」と思う方は遠慮なく離れてくだされば、
と、この辺のスタンスは昔から変わってないな。

ちなみに「道すらない」ってのも「道が無いという道なんだよ」
といった類のツッコミはご容赦ください。
それを言うと「無職は職が無いという職業なんだよ」とか
「無色透明は色が無いという色なんだよ」となってしまうので
単なる言葉遊びですから。

無いモノは無いのです。

それは元から無かったのか、はたまた元あったモノがなくなってしまったのか。
どちらにせよ、道が無い方と会話をしていると、キャッチボールにならない
感覚を覚えることが少なくありません。
こう書くと「勝手に道が無いと判断している」とか「道なき人を否定している」
とか言われそうな気もするけど、世の中ってのは「肯定か否定か」
「0か1か」というデジタルだけでは計れないんだよな。

アナログの、その「0と1の間」に喜怒哀楽や議論が存在しているような、
個人的にはそんな考えでいるんだけど、現代ってどうも様々なモノが
デジタル化してしまっていて、その弊害が出ているのかな、と。

●干渉と殻
引越しソバ、なんて言葉を久しく聞かなくなった気がします。
かくいうオレも、自分が成人して引っ越したらそんな慣習は忘れてて。
もしかしたら、今の小中学生あたりはこんな言葉は教わらないのかなぁ、なんて考えました。

先日、お隣さんが引っ越していったようです。
「いきました」ではなく、「いったようです」なのです。

ウチが入居した時、ソバを持って挨拶にいった訳ではないけれど、
朝、顔を合わせれば挨拶をし、小さな子供2人にも挨拶をしていて、
昨年、同じ空き巣に入られた時に情報交換をしたり、家にまで入れてもらったりしたけど、
突然いなくなってリフォーム業者が出入りしてた時、なんともいえない気分になりました。
別に批判感でも虚無感でもないんだけど、例え様のない気持ち。
こりゃ、隣家で殺人とか自殺があったって気付かないよなぁ、って、
これって現代の日本人の典型なのかな。

干渉と触れ合いは違うと思うんだけど、家には高い塀を作って触れ合いすら拒絶して
家族という殻に閉じこもる。
それ自体、島国根性的だけど悪いというつもりはなくて、でもその
「家族」の中で親子の間に亀裂が入ったり崩壊しても、隣の誰も気づかない。

豊かさとは一体なんなんだろう?

金?贅沢?快楽?

●貧しさ
ここ数年で学んだ事。
金銭的な貧しさって、ある程度はアドバイスなんかで助け合いができるけど、
精神的な貧しさってのはどうやっても埋められない。

例えば目上の者が「導いてやる責任」を放棄していたり、アドバイスをされた側は
それを「叩かれた」と即断する、そんな人間模様。

そもそも自分のやる事に肯定意見しかなかったら、そこで小さくまとまってしまって
進歩の芽なんか摘まれてしまうと思うんだけど、それでも反対意見がくる不安には
かえられずイエスマンで固めたがる、そんな貧しさ。

「根っこに信念のない、事なかれ主義」

ってのは、人畜無害のようで一番の猛毒なんじゃないか、という考えが確信に変わりつつあります。

コメント
道無き道を行く!
と豪語する人の立ち位置、立ち振る舞いこそ危うい気がする。

もちろん真にそう思って進む人は恐らく周りが何を言おうと進んで行く。
あれこれ御託を並べるやつはその立ち位置にいいところに憧れてるだけなんだろうな。
覚悟のない歩みは実りも少ないぜ?って思っちゃう。

否定については、「否定することをも否定しないこと」に至ることでひとつの到達点ではと考えてる。
取りようによっては都合よく解釈できる言い回しになっちゃうんだけど、
まあそれでもいいし、俺はこれを目指すことで学ぶことが多いのでいいかなって。

  • しし
  • 2007/02/13 5:22 PM
一応これだけ明示しておくけど、前の日記で私が書いたのは
決して「生産的な議論を放棄する」ということではないですよ。

もっともっとストレートな書き方をするならば、
相談されたわけでもないのに他人の人生について勝手にアレコレ考えたり
極端なおせっかいをするのはもうヤメにしとこう、というのがヒナさんなりの結論なのです。
いささか冷たいのかもしれないけど、ヒナさんにはヒナさんの人生があるので
他人どうこうよりも自分がキチンと生きることのほうがよっぽど大事なんじゃね?と。

勿論、真剣に相談されたり助けを求めるような素振りがあれば、親身になって考えるのが
ヒナさん的な"義"であり"仁"なんだけどね。そこは今までと変わらずです。
むしろこの結論って、自分の中の"仁・義・礼・智・信"に
メリハリを付けたいという気持ちの顕れだろうな、と。

北風と太陽の例えについても、ある程度の信頼関係があって初めて
マトモに作用するモンなんじゃないかしら、と思ってます。
北風の真意が伝わらないような薄い関係だと、あんまり意味が無いのかなぁって。
後になってから真意に気付くケースもあるだろうけど、今吹いている北風がキツいと感じる人は
基本的には一生「キツいのは嫌だから避けよう」で終わっちゃうんじゃないかと。
(自分がそういう性格だったら、ある程度意図的にそうするような気がするので)


それと、お隣さんの引越しの件については
もしかして我々に原因があって引っ越していったのでは?という邪推をしています。
僅かながら関わりのあった隣人に、一度も声を掛けずに引っ越していくというのは
それだけの理由があったとしかヒナさんには思えないのです。非礼を超えた何かを感じるのよね。

まあ、個人的には決定打になりそうな項目が思いつかないし(ゼロとは言わないけど)、
既に引っ越されてしまった以上、真偽は永遠に分からないけどね。
ただ、今後はもっと色々と気をつけて生活しようかなとは思いました。
改善できる箇所があるなら、今回の件に関わらず改善したほうが良いけんね。
  • ヒナヱ
  • 2007/02/13 6:43 PM
>しし君
「覚悟」を「ビジョン」と置き換えてもいい気がするんだけども、おもしろい事に
いわゆる「成功者」と言われる方々は、実業家であれスポーツ選手であれ、果ては
宝くじの当選者に至るまで、口を揃えて

「自分が成功した時のビジョンをいつも思い描き、それに向かって走った」

って言ってるんだよね。
ビジョンを明確に持つ事で自然と覚悟が芽生える、ってニュアンスかもね。

企業に属していると、どんなに素晴らしい提案でも

「それによってどんなメリットがあるか?また、デメリットは?」

というビジョンをキッチーンと説明できないと、即蹴られてオシマイなんだよね。
「結果が全て」と言うつもりもなく、むしろオレは愛だの情熱だの泥臭い方が好きなんだけど、
やっぱり経験談・失敗談ほどの宝物は無いなぁ、と思ってるよ。

>ヒナ
キミの言わんとしてる事など百も承知。
「ヒナさんなりの結論」なんて、まさにオレがmixiをやめた最大の理由そのものだし。
つー訳でこれまでの数年と同様、オレがオレである為の「自分用規範」として
Blogに活動の場を移した、って次第。あくまでオレは、ね。

隣家の引越しについては、それ、邪推の域を超えてるぞ(笑
騒音なり、徹マンしてた訳でもないけど、仮に何かあったとして、何も言わずに
「大金を使って」いきなり引っ越す人なんてなかなかいないって。

まぁ、これも憶測の域を出ないけど、このマンションってデリヘルのチラシとかが
むちゃくちゃ入ってくるし、あの家の前は集合ポストで、玄関前にジャンジャン
散らばっちゃうのはご存知の通り。そこで子供が遊んでるのを見かけて、人知れず
チラシを拾って捨てた事もあったけど、ありゃ教育環境としては最悪だな、と。
それに空き巣が追い討ちをかけた、ってのがあるんじゃないかと思っとります。
  • 牙(sammy)
  • 2007/02/14 8:38 PM
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「否定しない」現状報告
タイムリーに似た記事をあげてた友人がいたので、 ひさびさにトラックバックしてみます。 トラックバックってやっぱ便利だわ。
  • ししのひび
  • 2007/02/17 9:14 AM