Japonsuki的ブログ

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かみさまになったえんま

ずっとずっと、このブログにも書かなきゃと思っていたんだけど、書こうとする度に色んな事を考えてしまってダメだった。
私の出産予定日まであと数日。赤ちゃんが産まれてからはキチンと書き残すことが現実的に難しくなりそうなので、今このタイミングで気持ちの整理をしつつ、書き残しておこうと思います。

2012年6月4日、16時頃。
我が家の愛フェレット「えんま」は、掛かりつけの動物病院の緊急措置室にて、天国に旅立ちました。

前日6月3日の23時過ぎ頃、2階のリビングでのんびり過ごした後に1階の寝室に戻ると、えんまが新しい夏用ベッドで横になっていました。
買ったばかりだけど気に入ってくれたのかな?と思い、iPhoneで寝姿を撮影したりしたものの、どうもいつもと様子が違う。多少暑いとはいえ、グッタリしすぎてる。
抱き寄せて顔を近付けてみると、本当に聞こえないくらいか細い声でヒイヒイと泣いている。鼻の色がいつものピンクではなく、白っぽい。更に失禁している。

慌てて旦那を呼んで、車で動物病院へ。
病院で血液検査&触診、尿のたまり具合などを診ていただくも、特に大きな異常はなく、家でグッタリしていた先程と比べると意識もハッキリしていました。
ただし、脾臓が慢性的に腫れているせいか、お腹の触診はかなり嫌がった(痛がった)とのこと。

既往歴のカルテも確認してもらった上で、今は特に何も処置をすることはできない&その必要性もなさそうという事で、その夜はそのまま一緒に帰宅しました。

実はここまでの2ヶ月ほど、えんまは膀胱が伸びきった状態になっていて、週1くらいのペースで病院でカテーテルを通して尿を抜いてもらっていました。
何がきっかけなのかは不明だけど、どこかのタイミングで尿をガマンしすぎたようで、膀胱が伸びきってしまった為、尿がたまっている感覚が自分では分からなくなっていたんですね。自力でオシッコする時もあるんだけど、飲んだお水の量と比べると排泄量が少なくて。
同時に、脾臓が慢性的に腫れていた&血糖値も下がっていたため、年齢的にインスリノーマの疑いもあるという事で、投薬治療(膀胱の収縮薬&ステロイド)も続けている状態でした。

病院から帰宅後のえんまはテンションこそ低いものの、寝室の電気を消してしばらくしたら、いつものように自分からニンゲンのベッドによじのぼってきて、旦那の足の間に入ってスヤスヤ眠っていたようです。

6月4日。
朝起きると、いつも寝ているケージ内のベッドではなく、ケージの前のラグマットの上でえんまが伸びきっていました。
昨晩と同じく、グッタリしていて鼻が白い。呼吸がおかしい。目の焦点が合っていない。
急いで動物病院に電話して、母に車を出してもらいました。
旦那は出勤時間間際で身支度中だったのだけど、私が急いでえんまをキャリーに載せて外に連れ出す形になったので、彼はその時チラッとしかえんまの姿を見ることができなかった。

病院に着いてすぐに貧血&低酸素状態と判断され、酸素室へ。この時点で心音は正常。
日中はこのまま酸素室で回復を待つことになり、私は一旦帰宅しました。

15時半過ぎに病院から連絡があり、えんまの容体が良くないのですぐに来てほしいとの事。
熱中症気味の母に二度も車を出してもらうのは憚られるので、タクシーで向かう。

病院に着くなり、緊急措置室に通されました。
目の前には、心肺停止状態で心臓マッサージを受けているえんま。
頭が真っ白になり、ひたすら彼の身体をさすり、冷たく白い肉球を握り、名前を呼び続けました。

院長先生が懸命にマッサージを続けてくださったものの、えんまの意識をこちらの世界に呼び戻すことは叶いませんでした。

救いがあったのは、苦しんだ様子が無かったらしい事と、私が緊急措置室に着いて名前を呼んだ時に一瞬だけ心肺に反応があった、と院長先生が仰った事でした。

仕事中の旦那に、メールで伝えて。先生方に御礼を告げて、亡骸をケージにおさめて、タクシーで帰宅して。えんまのいつものベッドに保冷剤とタオルを敷いて、お気に入りのブランケットを掛けて寝かせて。ペットの火葬場の予約をして。穏やかな寝顔に何度もキスをして。

ああ、私は最期を看取ることができたけど、旦那は帰ってきてこの光景を見て受け入れなくちゃいけないんだ。残酷だな。
夜になるまで、そんな事ばかり考えていました。

案の定、帰宅した旦那は私以上に悲しみ、言葉を詰まらせながらずっと亡骸のそばにいました。
明日の火葬の為にお互い午前休を取っていたので、夜は早めにベッドに入ったはずが、数時間おきに身体を起こして亡骸を抱き締めている旦那の背中を見つめていたら、気がつけば朝の光が窓から射し込む時間になっていました。

6月5日。
朝10時から始まる火葬の前に、旦那の提案で、えんまと一緒に車に乗って思い出の場所を巡ってきました。
最初に住んだアパート、次に住んだマンション、深夜にリードをつけてお散歩した短いルート。お外があまり好きな子ではなかったから、本当に短い距離の思い出巡りになっちゃったけどね。

火葬場で。
母が大事に育てたお花、えんまが大好きなゴハンやバイト、子供の頃から離さなかったチョコケーキのおもちゃ、そして私達が書いた手紙と一緒に天にのぼっていくえんまを、二人でじっと見送って。

焼き終わってお骨を見た時、旦那と私はちょっとビックリして顔を見合わせました。
お腹のあたりに、ハンバーグぐらいの大きさの真っ赤な血の塊が焼け残っていたんです。
火葬場のスタッフさんからも、この子は何か病気をされていましたか?と聞かれました。余程の事がない限り、血液は蒸発するのでこんな風に残らないそうです。

何が原因でこんなに急激に容体が悪くなったのか、院長先生にも私にも分からないままだったのだけど、ここで少し合点がいきました。
おそらく腫れあがった脾臓の中で、何かをきっかけに急速に血が固まってしまったのだと思います。固まったきっかけが何かはやっぱり分からないけれど、脾臓が最終的な原因だったことに間違いなさそうだね、と旦那とも意見が一致して、少しだけ気持ちが整理できました。

骨はとても綺麗に残っていました。脾臓以外は本当に何ともなかったんだよ、と言っているようでした。
一緒におうちに帰る為に、小さな骨壷に入ってもらいました。
ツメとキバもきちんと残っていたので、ちょっとだけ切らせてもらったお腹の柔毛と一緒に、カプセル型のキーホルダーに入れてもらいました。
(このキーホルダーは今はネックレスにしていて、妊婦健診や大事なお出掛けの時はいつも私達と一緒にいます)

この日の夜、ぐるん!と、これまでより明らかに力強い胎動がありました。
そっか、えんちゃん、ここに一緒にいるんだね。もしかしてニンゲンとして、私達の本当の子供として生きてみたくなったのかな。

勿論、産まれてくる子供はえんまのことなんか何も知らないし、興味すら無いかもしれない。
けど、妊娠後からぱたっと私のお腹に飛び乗ることをやめ、つわりが酷い時にずっとお腹のそばで添い寝してくれたこの小さな優しい兄弟の存在を、いつか子供に伝えたいと思ってます。
彼は我々夫婦にとっての「初めての家族」だったし、これからもずっとそうだから。

さあ、もうすぐ出産です。
予定日は10月21日だけど、このままだと超過しそうな雰囲気かな?
少なくとも来週中には、我が家に新しい命が誕生しているはずです。
ちなみに性別は、やっぱりというか何というか、男の子のようですよ。かなり早い段階から大股開いて股間アピールしてたので、まず間違いなさそう。
顔つきは、エコー写真見る限りではちっちゃい旦那そのもの。
色んな意味で楽しみです。ふふ。

ちなみに子供に関することは、我が家のコンプライアンス上、このブログでは殆ど書かないかもしれません。
特に写真なんかは、顔立ちがそこそこハッキリする段階になったら、Facebookで友達限定公開とかにする可能性が今のところ高そうです。
なので、我々家族の動向に興味を持ってくれる奇特な方は、是非ともFacebookで繋がってもらえたら嬉しいでございます。(本名で検索してみてね!)

何だかブログで長文書くのが久々で、取り留めのない文章になっちゃった。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
そして、様々な形でえんまの事を愛してくださった、全ての皆様へ。ありがとうございます。彼の存在を、どこか心の片隅で覚えておいてもらえたら嬉しいです。

えんちゃん、これからもずーっとずーっと、よろしくね!

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